55期 夢叶えプロジェクト

皆様の力を借りながら、利用者・入居者の人生最後の思いのために力を貸していただきたいと思います。

温泉に行きたい

Iさんは、昭和十二年六月十日、満州で生まれ、戦後日本に帰国。
食べる事が大好きで、芋・栗・カボチャが大好きなふっくらとした少年で、映画を観ること、音楽を聴くこと、絵を描く事が好きで、映画看板師になりたいと看板師の元を訪ねたものの、将来を見据えて公務員となりその後、尚子さんと結婚し子供が二人出来、普通の家庭を築いていった。

平成元年

徐々に視力の低下が始まる。

平成六年

頚椎脊柱間狭窄症と診断され、大手術を行う。手術後は杖をつきながら定年までの二年間、下水道局の仕事を続けたが徐々に歩行も難しくなっていった。

平成十六年頃

全盲となる。
奥様の尚子さんは、徐々に目が見えなくなる恐怖や悔しさ、苛立ち、喪失感のすべて受け止めた。その当時のことを「本当にしんどかったよ。でも、一番つらいのはお父さんだからね」と奥様は言う。

平成十八年

デイサービスセンターふじ川内の利用が始まる。カラオケを楽しみ、リハビリを行う事が日常生活のリズムとして組み込まれた。
現在は奥様と二人暮らし、晩酌とラジオが楽しみである。Iさんの自宅からの外出は、週三回のデイサービスと月に一回の通院のみである。
手術後に、医師から以って五年と言われた命は、十六年長らえているが、病気は進行し足は日々動きづらくなり、膝も八十五キロの体重を支えるには限界がきている。冷えと風が神経にひびき、低気温・クーラー・扇風機の風までもが体に激痛を走らせる。
「いつまで自宅で生活できるのか」絶えず、消える事のない問いかけに、Iさん、家族、誰もが思い悩む。
「 Iさんの夢は何ですか?」
「温泉! でも、こんな体じゃ無理よ。」
ここから、夢叶えプロジェクトがスタートした。

平成二十二年四月十日

以前から口にされていた夢だったが、再度聞く。Iさんのあきらめた事や夢は何ですか?
「温泉!そりゃ行きたいよ!動けるうちに行けるんならそりゃ行きたいよ!」

平成二十二年四月二十日

Iさんに、夢叶えプロジェクトの活動を理解していただくために説明をし、奥様にも同じ内容を伝える。Iさんは温泉に行けると思うだけで舞い上がってしまったようで、説明した内容をほとんど聞いていなかった。

平成二十二年五月二十日

Iさんから、話があると言われる。
「温泉って言ったけど、バーベキューでもいいし、外でお酒も飲みたい、駄目ならご飯でもいい。酔心の釜飯もいいし、むさしの鍋焼きうどんでもいいし、生バンドのビヤガーデンでもいい。
連れてってもらえて、トイレが広い所だったらどこでもいい。」Iさんの中で、通院以外で外出することが現実味を帯びてき始め、いろんな思いが放出された瞬間だった。

六月二十四日 (温泉まであと1 週間)

朝から上機嫌。喫煙場所でタバコを吸いながら指を何度も折って数える。
「あと、1 週間。楽しいことは早く来るねぇ。」嬉しさを隠せない様子。
Iさんに声を掛け、車椅子を押すと、何かに当たる。車椅子に足を巻き込みかけたのだ。
次に車椅子を押すと、さっきと同じように足を巻き込みかける。
その時、Iさんの足を上げた感覚と体の位置が違う事に気付いた。

六月二十九日(温泉まであと二日)

先日の足の巻き込みについてIさんの奥様と話をした。
スタッフ:「車椅子に足を巻き込みかけたんですよ。フットレストを付けましょう」
奥  様:「職員さんの手間を増やすようなので、別に付けなくていいよ」
スタッフ:「職員の事は気にせんでええです。今、足にケガをしたら、本当に寝たきりになりますよ」
奥  様:「神経がだんだん悪くなって来とるんかね」
スタッフ:「そんな気もします・・・・」
奥  様:「だんだん悪ぅなりよる。ここまで頑張ってきたけど、いつまでで歩けるんかね。」
右足の怪我を防ぐため、未使用だった車椅子のフットレストを装着することにした。
神経障害と全盲のせいで、平衡感覚が通常位置では無い。それに加え、痛みや当たった感覚までも更に鈍くなっている。
今まで出来ていたことやわかっていた事が、徐々に出来なくなっている。

七月一日 (温泉まで、あと一日)

Iさん、デイサービスで朝から、顔が緩みっぱなし・・・。
指折り数えていた日を明日に迎えた。
以前から嬉しい事があると、歩く事に集中できず転倒したり躓いたりする調子者のところがあるので、「こけたら明日は行けないよ」と釘を刺す。
理学療法士が、Iさんの足の状態の確認をし、足の状態は良かったが、褒めると調子者の虫が動き出すので本人には、ほどほどに言っておこうと口裏を合わせた。

七月二日 十時(温泉当日)

あいにくの雨交じりの曇り空で気温も若干低めだが過ごしやすい。お迎えの二時間前にスタッフがIさん宅へ電話を入れる。
スタッフ:「今日は、よろしくお願いします。体調はどんなですか?」
奥  様:「こっちこそ、すいません。もう準備して待っています」

七月二日 十二時

プロジェクトメンバーのスタッフ3名がふじの家を出発し、Iさん宅へ向かう。小雨が降っていたが、Iさんは笑顔で玄関先の車椅子に座って待っていた。
Iさん宅を出発。車内は、ボリュームいっぱいの「ラ・クンパルシータ」。
Iさんとの話から、「タンゴ」を聴くのが一番好きだという情報を得て、この日のために用意しておいたのだ。音楽に合わせて、心なしか体が揺れて、手が微妙に動いて、口もかすかに動いている。

七月二日 十三時三十分

予定より少し早く、たかみや湯の森に到着。車外は、田園風景がドーンと広がり、シーンと静かだ。
Iさん「やっぱり空気がおいしい気がするね」
ヒキガエルがゴゥゴゥと鳴いている。
介護リフト付きファミリー浴場へ向かうIさんは、緊張のせいか無口になっていた。
Iさん:「早く 早く 入ろう!入ろう!」
Iさんはさっさと着衣を脱ぎ、洗い場で体を洗い、介護リフトまで手引き歩行で移動しリフトに座って、リフトが横へ移動し、次は足先から徐々に体がお風呂に浸かっていく。
Iさん:「あれ?足が浸かってきた。あーっ、あーっ、あ―― 。」
Iさん:「ふぅーーーーー。」
Iさん:「温泉、気持ちいいねぇ。お風呂に入るのも久しぶり」
柴 田 :「お風呂に入るのは、どれくらいぶりですか?」
Iさん:「1 年ぶりかなぁ・・・。」
柴 田 :「Iさん、結構垢がでてますよーっ!(笑)」
Iさんは、お風呂は危険な場所だという認識があり、転倒したくない、職員に迷惑を掛けたくないという思いから、デイサービスで入っていたお風呂を1 年前からやめて、自宅でシャワー浴のみだ。いくら誘っても、お風呂に入らなくなったのだ。 Iさん :「ふぅーー。本当にふじ川内に行ってて良かった。温泉に来れるなんて夢のまた夢」
スタッフ: 「Iさん、鼻歌が出ないねぇ・・・。」
Iさん :「こんなに気持ちいいのに、歌いよったらもったいない。歌うのも忘れとった」
しばらくして、Iさんの鼻歌が始まった。五曲目が終わると、Iさんが・・・
Iさん :「そろそろ、あがります! ふぅーー。気持ち良かったぁ。はぁ?っ、あーっ、よかったぁ。」
Iさん :「なんか足りないものが・・無い?」
スタッフ:「風呂上りのビール!・・・と言ってあげたいけど、今日は広島に帰ってビールです!」
Iさん :「ちょっとだけなら・・・・」
スタッフ:「ダメ!」
Iさん :「ケチ!」

七月二日 十六時

本日の次の目的に向かって、乗車した。
もちろん、車中は、「タンゴ」。Iさんは、音楽に合わせて、手も口も体も、動いている。
今回の温泉に行きたい企画のおまけとして「外でお酒が飲みたい」の実現に向けてイオンモール広島祇園一階の焼肉屋へ向かった。

七月二日 十八時

焼肉屋では川内デイ職員三名が加わり八名となる。
Iさんはテーブルに着くなり「生ビール」と注文し、皆で「乾杯!」
Iさんは、久々のビールジョッキを触りながら、「目が見えないから、危ないって言うけど、ビールはこれでないと」とジョッキの重さを楽しんだ。
Iさん「家とは、一味も二味も違う!余は満足じゃ!」
Iさんは、焼肉よりもビールに夢中になり、一杯、二杯、三杯とおかわりした。
さすがに三杯めは、口のすべりも良くなって、ほろ酔い気味。
Iさん「今日は、最高でした!ありがとうございまっすぅぅ、またお願いしたいです。
温泉、良かった、本当に良かった。また行けるか、行かれんかわからんけど、本当に良かった。外で飲むビールは最高!」

七月二日 二十時三十分

イオンモール広島祇園を後にし、皆でIさんを自宅へお送りした。
Iさんは千鳥足になり、「私のわがままをきいてくれて、今日は本当にありがとうございましたっ!」
と言いながら、部屋へ入って行った。
奥様 :「本当にお世話になりました、迷惑かけました。ありがとうございました。私も楽しかったし、気分転換になったよ」と言われた。
「夢叶え」プロジェクト、「温泉に行きたい」が、無事に終わった。
今日の日が、Iさんの人生の一ページに刻まれた。
Iさんの言葉の節々に、
「またいつか、温泉に行きたい、外でお酒を飲みたい」という気持ちが込められているのがわかった。
この先、Iさんの足が動かなくなって寝たきりになってしまうかもしれない。
今のように奥様と一緒に生活できるのもあとわずかかもしれない。
でも、先のことはわからない、ただ、今日はIさんの夢が叶った。それでいい。

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